このコラムでも、何年か前に書いていると思うのですが…
「自分探しの旅」と「ありのままの私」
というフレーズを聞くにつけ、
「“私”や“自分”ってどんだけ見つけにくいもんなん?」
と自分自身にツッコミたくなります。
僕自身、思い通りに物事がいかない時、
「こんなのは自分じゃない」と
思うことがあります。
そういう時に限って、もう一人ツッコミ役の自分が
「どんなのが、“自分なん?答えないんちゃうん?」と
かなり図星の鋭いツッコミをいれてきます。
たしかに、「自分ではない」という
感じを持っていたとしても、
その具体的な“形・姿”がわかっていない時が
少なくありません。
いいかえれば、
そのときの“自分”の
“どこがどう違っていて”、“どうすれば改善、改良できて”、
“どんな改善策をもっていて”、“そもそも変える気ある?”
なんてことが、具体的ではないうちに
そのときの“自分”を嫌って、あるいは、
無視し始めていたのかもしれないというわけです。
もっというと、それそのものも“自分だ”ったことを
忘れたままで。
もちろん、理想の自分を目指して成長すること
あるいは、“ありのままの自分”、“本当の自分”を探求すること
大切だと思うし、素敵だと思います。
そこで、気づいてみてください。
“自分”はどこにいますか?
“自分”は今この瞬間どこにいますか?
その“瞬間”の“自分”は、あなた以外の誰かですか?
なんてことを考えると、
望ましいときの“自分”も、そうでないときの“自分”も
本当の自分と思えない(思いたくない)“自分”も
ありのままと思えない“自分”も
もちろん、本当の自分、ありのままの自分と確信できる
“自分”も、どの瞬間も“自分”は“自分”のようなのです。
すくなくとも、僕自身は
そんな風に、“自分”と対話しています。
灯台下暗しといいます。
あなたの探している“自分”、そしてありのままの“自分”って
その瞬間瞬間の自分がどう感じたか、どう思ったか
そして、その一歩先をどうしたかったかに
気づくところにある。そんな気がします。いかがでしょう?
自然に、“自分”に意識的にも、無意識的にも
ありのままの“自分”、探していた自分になってる。
・・・なにか、今この瞬間に一体化しているときには、それを自然と体験していると思います。
では、また。
image credit: nexusplexus / 123RF ストックフォト
(初出 Facebook NLPフィールドCafe2014.9.3 一部改変)
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