ちょっとした頭の体操です。
既に考えてみたことがある方も
いらっしゃるかもしれません。
それは、
Q「この人のこの発言をどう考えますか?」
・・・「私は言うことはすべてウソです。」
この人が言うようにこの人が言うことが
“すべてウソ”なのであれば、
「私は言うことはすべてウソです。」
もウソということになります。
すると、この人の言うことは結果として
本当だと言うことになりますから
「私は言うことはすべてウソです。」
は真実ということになります。
・・・なんのこっちゃ???
私達が発言したり、考えたりすることが
すべて論理的に成立することばかりではありません。
しかしながら、感覚的に知ることのある
「良い/悪い」
「好き/嫌い」
「欲しい/要らない」
は、上のぐるぐる回るようなロジックを超越して
ある種の確信を持って、自分にその判断を
伝えてくれることがあります。
言ってみれば「直感」と言えるモノかもしれません。
皆さんにもそんな経験はありませんか?
ほんの些細なこと・・・
たとえば、お菓子を買う買わない、
コンビニでどの飲み物を選ぶか
こんな時に、ちょっと意識を向けて見ると
私達の「直感」がこの些細な
決断にも影響を与えていることが多くあります。
実はこの手の「直感」は私達に
いつも起こっています。
感覚、いわゆるフィーリングで
実は多くのことを一旦選んでいます。
もしここで、自分のフィーリングが
正しくないかも知れないと疑いを
持っていたとしましょう。
すると、この直感は、ほぼ全否定です。
もしかすると、検証する
(どんな風に正しいか、
あるいはどんな風にずれていたかを考える)
事も無いでしょう。
すると、折角自分の中で起こってくる
感覚への鋭敏性を失っていくことに
なるようです。
しかし考えてみて下さい。
「自分のフィーリング、直感は正しくない」
ということは、どうやって気づいたのでしょうか?
・・・自分の感覚、フィーリングです。
自分の正しくないフィーリングで
「自分のフィーリング、直感は正しくない」
と判断したとき・・・
仮にあなたのフィーリングが正しくないとしたら
「自分のフィーリング、直感は正しくない」
は正しくないことになります。
すると、あなたのフィーリング直感は結果として
正しいと言うことになりますから
「自分のフィーリング、直感は正しくない」
は正しいということになります。
私達の直感は、「正しい」ことと「正しくない」ことの
両方の性質を同時に持っている事になります。
つまり、必要であれば、ある意味「注意して」
私達の直感を、信じることができると言うことです。
「注意して」というのは、
正しさの中にも、見落として誤りがあるかもしれない。
そしてまた
間違いの中にも、見落としている正しさがあるかもしれない。
その両方の可能性について
注意するということです。
私達の感覚、フィーリングは
私達が気づいているよりも沢山の感覚情報を
活用しているようです。
ですから、ロジックよりももっと精緻な情報を
手に入れているかも知れません。
それが行き過ぎて、判断に不要な情報を
考慮に入れているかも知れないということです。
その無意識的な情報収集力を
意識的に活用するとき、きっと今までよりも
良い判断や講堂を作り出せるはずです。
・・・直感もまた私達の力強い味方です。
©robodread / 123RF.COM
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(初出 Facebook NLPフィールドCafe2012.9.24 一部改変)
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